「現代の映像」として古い要素をフレーバーに使った作例

チャラン・ポ・ランタン『無神経な女』MV

90年代前後のアニメ映画のノリを目指したMV作品。全体的にハイファイではあるが、フィルムで撮影しているためアナログ感が出るという設定。「映画版クレヨンしんちゃんのオープニングの粘土ストップモーションのような雰囲気を目指して作りました」と葛飾出身さん。



サツキ『模範解答実験室』MV

こちらも時代感を厳密には設定せず、オペレーティングシステムのデフォルトフォントがビットマップフォントだった頃をイメージした映像として制作された。字幕の書体はMS UIゴシックをモチーフとして、葛飾出身さんがすべて書き起こしている。




レトロ表現においては必ずしも時代感に厳密である必要はない

チャラン・ポ・ランタン『無神経な女』のMV全体のテクスチャーは、フィルムで撮影された90年代アニメ映画という設定ですが、それとは別に“モチーフとしての時代感”が存在しており、「当時アニメ映画を作っていた人が“その当時におけるレトロをやろうとした場合に目指したレトロ表現”」といった立ち位置の映像を目指しました。この、モチーフとしての時代感に具体的な年代設定はありません。ただ、なんとなく古いというか、ざっくりと昭和初期に手癖が加わった世界観になります。なので、文字のスタイルも直接この時代に則ったものではなく、“昭和初期風”というふんわりとしたテイストで、極端な言い方をすると“とんでもレトロな世界観”という感じです。これはこれで、パラレルワールド感を出す手段のひとつとして、非常に有効かと思います。

サツキ『模範解答実験室』のMVの字幕に使われている書体はすべて自分で書き起こしたものになります。この書体は昔のWindowsに標準で入っていたMS UIゴシックがモチーフになっています。MS UIゴシックは古いWindowsの標準フォントで、ポイント数が小さくなると解像度の低いディスプレイでもくっきりと文字が見えるよう、ビットマップフォントであるMS UIゴシックに自動で変換されるという設定がされていました。僕はそのシステム感が大好きで、この楽曲の持つデジタルな大量生産の工場感がMS UIゴシックとマッチすると考え、ビットマップフォント風の字幕とローポリの工場の3DCGをビデオ風のエフェクトでパッケージし、パラレルワールド表現寄りのMVに仕上げました。

このように、レトロ表現においては、必ずしも時代感に厳密である必要はありません。「レトロ」と形容され、その魅力が再発見されようとしているものは、アナログなメディアだけとは限らないというわけですね。






レトロな表現を取り入れた映像例

時代感のミックスを大雑把に行う

パラレルワールド感を演出するために時代感を曖昧にするのは有効な手段

先述した通り、僕は普段からレタリング込みの映像技術見本帳的なノリで、『今日の日記』という動画を制作・発信しています。『今日の日記』は、時代観を特別意識して作っているわけではなく、少しミスマッチかもしれないものもあえて表現に落とし込んでいます。古い映像の表層的な部分だけを抜き取り、新しい表現として組み込んで、いろんなものを切り貼りしたコラージュのような映像になっています。パラレルワールド感を演出するために時代感を曖昧にするというのも、レトロ表現には有効な手段です。

『今日の日記』作例紹介

70年代の天気予報風字幕の合成を想定している。


90年代の教育番組を録画したという設定で制作。


90年代のバラエティ番組を録画したという設定がある。


映像にかかっているエフェクトはビデオ風。文字は昔の工業風という設定で制作。


文字のフィルム合成の光量不足を想定して制作したため、文字が透けている。


ウルトラセブン最終話のパロディ。ウルトラセブンの再放送がビデオに録画された設定。


カタカナやひらがなを明朝体の漢字のエレメントを使い表現している。


白地文字の合成時はブラーをかけてピントをズラし、合成モードの加算で白飛びさせる。


アニメの撮影処理を意識して制作。ズームイン・アウトのときに軸をブレさせている。


ローポリCGを使用。フィルム編集された映像という設定。


VTR編集された映像という設定を想定して制作になっている。


フィルムで編集された映像をVHSに録画したという設定。


ローポリCGを中心に制作。ルックはフィルム風、字幕は仁義なき戦いのパロディ。


テリー・ギリアムの切り絵アニメ風を目指して制作。




『今日の日記』は葛飾出身さんのXにて定期的に発信されている動画日記。これまでに970本近い動画を公開してきた。「MVなどでレタリングを用いる際は下書きを用意して計画を立ててから作りますが、『今日の日記』は21時から24時までの短時間で制作しているので、基本的にはアドリブでグイグイ作っています」と葛飾出身さん。

X ● https://twitter.com/ahtamaraneze







A.

基本的には散歩中に見かけた看板などを参考にしていますが、当時のテレビタイトルをレタリングしていた職人さんの本で、『篠原榮太のテレビタイトル・デザイン』という書籍はリファレンスとしても非常に参考になりました。


A.

明朝体やゴシック体など基本書体のレタリングを学ぶといいですね。基本書体の骨格には共通するものがあったり、とめ・はね・はらいの要素など、基本書体の書き方を学ぶことで他のスタイルの文字にもすぐに応用ができるようになります。


A.

とにかくいろんな映像の真似というか、コピーをしていました。先にもあった『ウルトラセブン』のサブタイトルの文字をそのままコピーしてみたり、その映像の要素を抜き出しては応用して書いてみたりと、そういうことをよくやっていました。


A.

フィルムのコマ数は1秒間に24コマあるんですが、その24コマすべてにおいて1ピクセル以下の本当に些細な揺らぎを少しずつ入れています。ポイントとして、そこまで過剰に揺らし過ぎないことを心がけています。







レトロな映像表現の実演・解説

『今日の日記』を作ってみよう!

レタリング

使用ツール:Inkscape

制作する文章を決め、フリーソフトのInkscapeでレタリングしていく。コンセプトとする時代感は70年代後半。『ザ・ベストテン』のタイトルロゴのような、横画が広く縦画の狭い文字をイメージ。「いくぞ」の文字のみ明朝体に。文字が揃った段階でレイアウトを決め、IInkscapeでの作業は終了。「使い慣れているためInkscapeを使っていますが、レタリング作業はIllustratorでも変わりません」と葛飾出身さん。



アニメーション

使用ツール:アドビ After Effects


● 文字の加工

Inkscapeから文字の画像データを読み込み、配置する。



文字が中心から左右に分かれて登場するアニメーションを作るために、まず素材となる文字部分を2分割し、片側半分をシェイプレイヤーで隠す。



文字部分をシェイプレイヤーにトラッキングすることにより、左右の文字列をそれぞれ中央に移動すると隠れて見えなくなる状態が作れる。


文字列が完全に隠れる位置を初期状態として、元の位置に戻るようキーフレームを打つことで、真ん中から左右に分かれて登場するアニメーションを作ることができる。

イージングはほぼリニアだが、左右の文字で少しだけ速度に差があり、揺らぎが若干ある程度のニュアンスにするとそれらしくなる。




新しいコンポジションに移動。ベジェワープを使い、文字列を広がりのある形に編集する。



「いくぞ」部分のマスクを1文字ずつ切り分割する。また、書き出した時点では横書きだったのを縦書きに変更。



「いくぞ」部分の文字が1文字ずつ順に出てくるようアニメーションをつける。アニメーションの動きのスピードやタイミングを微調整したら、文字のレイアウトは終了。








● フィルム風の処理

字幕合成用のハイコントラストフィルムを想定したエフェクト加工をする。ブラーをかけて文字の輪郭を少しだけボカし、レベル補正でコンポジション全体のコントラストを強く上げる処理を施している。



さらにフィルム風の処理を施す。葛飾さんは普段使用するエフェクトのプリセットを用意し、表現の必要に応じて選択・調整を行なっている。

フィルム映像のブレは、エフェクトのトランスフォームにウィグルの値を入力することで再現している。




文字のコンポジションを別途制作したレイアウト用のコンポジションに加算合成。オプチカルプリンターで字幕用フィルムをレイアウト用のコンポジションフィルムに焼き付ける想定で制作。



レシートをチケット代わりのモチーフとして登場させ、遠ざかって見えなくなるアニメーションをつける。レシートに記載されていた「岩崎宏美」の文字が目立つよう初期位置を調整し、大まかな全体の動きが完成。



出来上がった合成済みのコンポジションに、フィルム風のエフェクトをかけ、さらにフィルム風のテクスチャ、背景素材を乗せる。テクスチャ素材には、写ルンですで撮影に失敗した真っ暗で何も見えていない写真を再利用しているとのこと。

背景はレシート素材と一緒にコンポジション3へ。


フィルム風のテクスチャ素材はコンポジション4へ。



完成したルック。「僕も本来のフィルムやビデオの仕組みをしっかりと理解しているわけではないので、あくまでもフィルム風映像の作り方の一例として制作の参考になれば幸いです」と葛飾出身さん。